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藤原京跡花園 コスモス畑 2024

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2024年も藤原京跡に咲く美しいコスモス

約1年ぶりに藤原京跡に行きました。

昨年に引き続き、コスモスを愛でるためです。

今回はYouTubeに動画をアップ致しますので宜しければご覧下さい。

コスモス畑(藤原京跡花園秋ゾーン)

藤原京大極殿跡の南側一面に約30,000平方メートルの秋ゾーンがあります。

藤原宮跡整備協力委員会の別所町・高殿町の方によって、6種類の約300万本のコスモスを植栽しています。

大和三山(香具山・畝傍山・耳成山)を背景に広大なスケールで咲くコスモス畑の全景を楽しめます。

多種類のコスモス

珍しい形をした花びらの品種を植栽しているゾーンもあり、花を一輪ずつじっくり見ながら楽しむこともできます。

藤原京の花園

現在の藤原宮跡には朱塗りの列柱が数か所再現されていますが、基本的に調和の取れた緑の原野が広がっています。

春から秋にかけては季節の花々が植えられています。

季節により菜の花やコスモス、キバナコスモス、ハスなど色とりどりの大地のカーペットを楽しめます。

交通の便が良い場所に存在する貴重な花園として親しまれています。

歴史があると同時に自然を感じれる空間は、とても希少で、少なくとも長年立禅を行ってきた僕にとっては波動を感じやすい空間となっております。

藤原京(694年~710年)

藤原京が都であった期間は694年~710年の16年間です。

※藤原京」とは近代に作られた学術用語であり、『日本書紀』には「新益京(あらましのみやこ)」と記されています。

京域については平城京(同じ奈良県内にあった都。現在、当時の建物を再現させている)や平安京(京都にあった都)の規模を上回る日本最大の古代都市でした。

また、藤原宮は、持統・文武・元明の三代の天皇が治めた藤原京の都の中心にあった宮殿です。

持統天皇が694年、耳成山・畝傍山・天香具山の「大和三山」が形作る三角形の真ん中に藤原宮を営みました。

飛鳥京からわずか3、4kmほどの距離に作られましたが、小さめな土地であった飛鳥京の都から、広々とした平野部への藤原京の都に移りました。

藤原宮を中心とする新都・藤原京は、それまでの飛鳥の宮都とは大きく異なっていました。

日本初の中国式の都城であり、先進の中国・朝鮮の都城を模して、東西路「条」と南北路「坊」を碁盤目状に配す条坊制としました。

そしてその中心をメインストリートの朱雀大路が南北に貫いていました。

藤原宮には、一辺約1キロメートルの中に大極殿や朝堂院などの国をあげての儀式や政治を行う施設や天皇の住まいである内裏などがありました。

現代で言えば、皇居と国会議事堂、霞ヶ関の官庁街を合わせた性格を持っているという正に日本の中心でした。

そして、藤原京の構造は、その後の日本の都(平城京や平安京など)にも引き継がれていきます。

国の特別史跡〜世界遺産を目指す

藤原宮跡は1952年(昭和27年)に国の特別史跡に指定されました。

また藤原宮跡が構成資産のひとつである「飛鳥・藤原の宮都」は、人類史上でも価値の高い文化遺産であり、世界遺産への登録を目指して、世界遺産への国内推薦候補に選定されました。

記事を作成する際に参考にしたサイト・出版物並びにイラスト・画像を利用させて頂いたサイト

・橿原市公式ホームページ

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この記事を書いた人

1960年代生まれ。
1970年代前半より立禅を開始した健康&エコ&ピースオタク。
四半世紀近くエコ&ヘルシー&フェアな事業を展開後、セミリタイア。
還暦になり約10年振りにブロク再開。
久しぶりに使うWordPressにブロックエディタがある事に戸惑いながらもマイペースに発信中。

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